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ブック・アート・ワークショップA~素材を交換して本をつくろう!~

 1月24日(日)、應典院コモンズフェスタ参加事業となる、なにわーとスクールん♪アートに深入りするための四つの講座(4)「ブック・アート・ワークショップA~素材を交換して本をつくろう!~」を開催しました。講師はコスタリカの美術家、ロセラ・マトモロスさん。ロセラさんと参加者21名が、即興的に描いたドローイング(線描画)とそれぞれが持ち寄った素材を交換し、自分だけの本をつくってみるというインタラクティブなワークショップになりました。



 ロセラさんは、いつも即興的にアイデアを思いつく美術家なので、スタッフ達もどんなワークショップになっていくのかドキドキしながら始まりました。まずは参加者の心と身体をほぐすため、瞬発的なドローイングづくりからスタート。「明るい」と「暗い」、「生」と「死」など、ロセラさんが用意した反語からうけるイメージを、20秒の即興で描きます。考えずに感情を吐き出して描くことに、最初は戸惑いながらペンを動かしていた皆さんでしたが、「More intence!(もっと強く!)」というロセラさんの明るいかけ声に後押しされながら、心がだんだん解放され、のびのびとしたドローイングをスピードにのって次々と描いていきました。



 心と身体が解放されてきたところで、出来上がったドローイングの中から、自分の一番気に入ったものを選びます。そしてそれを他の参加者と交換するため、同じ絵を手描きで20枚コピーしていきます。皆さんがさくさくとコピーを仕上げてゆく様子は、ドローイングを反復することで、言葉から受けた瞬間的な感情や直感を反芻しているかのようでした。



 ドローイングをコピーし終わったら、次はそれを全員で交換します。手元に集まった全員のドローイングと言葉を、今度は熟考しながら並べ替え、自分だけのストーリーを編み出していきます。ここでいよいよ皆さんが持ち寄った切り抜きなどの素材が登場!ドローイングで心が解放されたせいか、皆さんうれしそうに他の参加者に話しかけ、素材を交換していました。そしてドローイングとドローイングの間に思い思いの素材が挟み込まれ、貼付けられ、ストーリーがどんどん豊かな色彩を帯びてゆきました。最初はどんな本ができていくのか、誰も予想がつかなかったのですが、ロセラさんに導かれできていく本は、今ここにある直感と巡り合わせをシェアするという哲学的な作品となりました。





 最後は出来上がった作品の発表です。3時間かけて作り上げた本のストーリーはどれも濃密で、それぞれのページにこめたアイデアを、ひとりひとり丁寧に話してくれました。ロセラさんいわく、「同じ言葉とドローイングを共有しながらも、それぞれの世界が展開し、どの本も全く違うことがすばらしい。」とのこと。それぞれの本の世界について皆さんがうれしそうに説明しているのを聞いていると、本は私たちの中にある複雑な世界観を、解きほぐしながらもひとつに統合することができる表現方法なのだと思えました。



 コスタリカという日本ではあまりなじみのない文化背景をもつロセラさん。その文化背景について語らずとも、彼女からにじみ出る言葉や姿勢から、特有の生命観を参加者の皆さんが肌で感じ取っていた様子でした。日々の文脈を離れて言葉の通じない国を旅する時のように、異なる文化背景に感覚的に触れることで、心と身体がおのずと開かれていった3時間。その時間が本という形に凝縮されていったせいか、参加者の皆さんからは、とても充実した時間を過ごせたとの感想をたくさんいただきました。あと、予想外の展開がとても面白かった、自分を解放することができた、とも。ロセラさんの導く世界へみんなでワープしたワークショップ、そのおみやげは世界に一冊しかない本でした。
(文:NPO大阪アーツアポリア ふるさかはるか)


主催:大阪市(現代芸術創造事業)
企画・運営:NPO大阪アーツアポリア、(財)大阪城ホール

コモンズフェスタ終了!クロージング

1月31日(日)。
應典院の16日間におよぶアートと社会活動の総合フェスティバル「commonsfesta2009/2010」がクローズを迎えました。

最終日も「ボーズ・ビー・アンビシャス」や劇創ト社deネクタルグンによる「十人写楽」など、盛りだくさんの内容。全プログラムが一段落ついた後に、19時半から「クロージングトーク」が始まりました。

ゲストとしてご登壇いただいたのは、今回のコモンズフェスタ全体を貫く空間展示「トランスパブリック」を担当されたランドスケイプアーティストの花村周寛さん。大切な人やものを失ったことで変化した自分の人生と向き合うワークショップ「グリーフタイム」の宮原俊也さんさん。劇創ト社の演出家 城田邦生さん。自身の監督作品「落書き色町」を通じて「視覚や聴覚だけではなく、五感を刺激する映画」について語った映画監督 平岡香純さんと、彼女と共同制作を行なう音楽家 プリミ恥部さん。震災15年を迎えた折りに、書くこと、話すことを通じて自身の人生を見つめ直す「ことば供養」のディレクターとして美術家/執筆・編集者の岩淵拓郎さんと詩業家の上田假奈代さん、そして若手僧侶が宗派を超えて語りある「ボーズ・ビー・アンビシャス」の浄土宗僧侶の池口龍法さんの計8人でした。
各々の企画を振り返ると同時に、commons全体をつらぬく「U35」というテーマについて再び立ち返りながら、社会を編集してゆく各々のポジショニングについて再確認する場となっていました。

また、事業主催者としては、
「お寺」という誰でもが集える場であり、かつそのひとりひとりの存在や精神を無闇に抽象化しない(個と具体に関わる可能性を担保した)公/私を超えた、まさに「トランスパブリック」な空間が、社会に関わる多様な視点を、どこまでも受け入れてゆくことができるのか。
また、この場/機会に関わった各々が、お寺の存在を、如何に自らの日常生活の中にリアリティを持って取り込めるのか。
こういった挑戦が、今回のcommonsでなされたのだという確信があります。

應典院は「commonsfesta2009/2010」を経て、思想からより実践に近い活動へと軸を移したように感じられます。

ひとまず、「commonsfesta2009/2010」に関わってくださった全ての方々へこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。
ありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたします!

(W.A)

ことばくよう

 1月31日14:00からコモンズフェスタ最終プログラム「ことばくよう」がはじまりました。7歳、10歳の震災を知らないお子さんも来られていました。
 震災の頃、私は中学2年でした。震災の様子はテレビで観るくらいで、現場の様子まで知らない状態、何か出来た事と言うのは、少額の募金くらいでした。「知ってはいるけど……」くらいの知識の私には、非常に興味深いプログラムでした。

 最初に上田假奈代さんに詩を読んで頂きました。それぞれの気持ちを持ち、2Fの気づきの広場に出来上がっている公園に行きました。その展示の中のあらゆる所に手紙がありました。瓶の中に入っているもの、クリップで柱に付けてあるもの、スキマに挟まれているもの……参加者は、手紙を見つけては、読み、手紙を選ぶ、様々な手紙を参加者は、真剣に見つめ、読んでいました。

 手紙を選ぶと「トレース」に入る。手紙の上に薄い紙(トレース用紙)を置き、手紙の文字をなぞる。こういったトレース工程を通じて、手紙の思いを知れたのではないでしょうか?目から感じるのではなく、指から人の気持ちを感じる。コピー機では感じる事が出来ない大切な時間になった事と思います。次に使うアイテムは「辞書」でした。手紙を読み、感じた言葉を聞いている方が辞書を引きその言葉の意味を知る。普段、自分が「言葉」を簡単に使っているなと感じた。本当の言葉が持つ意味を知り、「へぇ」と皆、が笑みをこぼす。ゆったりとした時間が有意義に過ぎていきました。

 焚き上げをする時に、クロージングトークの準備があり参加ができませんでしたが、当日、降っていた雨が切なさを演出していたように感じました。

(事務局:森山博仁)

大切な人のことを想う時間「グリーフタイム」

1月30日14:30〜應典院研修室Bで行われた「グリーフタイム~大切な人やものを失った方へ~」に参加してきました。入ってすぐに、音楽が漂って聞こえてきて、受付でワークシートを受け取ります。そこには、「大切な人との、大切な時間」をつくるためのいくつかの方法が書いてあり、その中から一つを選びます。

絵で表現したり、ねんどをつかったり、さまざまな方法の中で、私は手紙を書く事にしました。昔は手紙を書く週間があったもののここ最近すっかり遠のいている私にとって新鮮でした。大切な人へ手紙を書いて下さい、失った人へ、ではなくて大切な人というのが、自然に失った人も今まだ生きている人も同じようにイメージすることができました。思いついた2人と最後に自分に手紙を書きました。

自然に耳に入ってくる音楽が、手紙を書くのに集中させてくれて、あっというまに書き終えました。手紙を書くと自分がこれまで慌ただしく過ごしていた時間が止まって、頭の隅っこに置いてたふわふわしてたものが一瞬カタチになって心が落ち着きます。こういう時間はたまに電車にのってどこかに旅に出たり、喫茶店でぼんやりしている時間に似てる。

喫茶店だと空間と自分にギャップがあるけど、お寺ならではの時間な気がします。
失った人…と気を構えずにすごく自然な流れで、是非機会があったら立ち寄ってみて下さい。



(事務局:蛇谷りえ)

「10人写楽」の中にいる女性

1月31日(日)は、コモンズフェスタの一環として本堂ホールで行われた、劇創ト社deネクタルグン「10人写楽」の最終日。満員のお客様と共に観劇させていただきました。

このお芝居は、写楽の絵を盗もうと企む窃盗集団(現代)と、喜多川歌麿をはじめとする、版元「蔦屋」に集まった絵師たち(江戸時代)の物語が交互に展開しながら進んでいきます。語り手も含め、総勢11名の役者さんは2つの時代それぞれに対応した役を見事にこなされ(全員が1人2役)、「写楽」という共通のキーワードを巡って、2つの物語は何らかの相関関係にあるということが見る側に暗示されます。
数多くの登場人物がおり、しかも2つ分の物語が存在する複雑な構成となれば、普通なら途中で頭がこんがらがって把握できなくなりそうなものですが、各キャラクターの個性が本当に活かされており、そのようなストレスを感じることなく純粋に楽しんで観ることができました。

驚くのは、そのスピーディな演出です。演劇というのは色々と制約が多い表現形態ではないか、と自分は感じていたのですが、アイデアと役者さんの腕次第でどうとでもなるという事を見せつけられました。
とてもリズミカルで音楽的、または映画的と感じられる瞬間があり、かと思えば、演劇の醍醐味であるだろう役者さんの密なやり取りもありと、たった1つの舞台セット上で多彩なエンターテイメントが繰り広げられていました。

個人的な感想を述べさせてもらえば、作・演出の城田邦生が「キタ/喜多川歌麿」というキャラクターに投影したであろう、女性(あるいは社会)への解釈を少し意外に感じました。集団との関係性を結ぶことは、どちらかというと女性が得意とする分野であり、集団の中で自己実現を追求し葛藤するのは男性に顕著な傾向ではないか、女性はその立ち位置に寄りかからずに生きていけるのではないか、というイメージ・思い込みがあったからです。
しかし、「キタ/喜多川歌麿」が望んだ自己実現が完全に個人の中で完結するのではなく、どちらも仲間ありきで想定されていたことを考えると(それも現代のキタの方がより直接的な形で)、人との繋がりを実感できなくなりがちな日常の中で、女性が「自己実現の形を借りつつ、集団とのより強固な関係性を望む」ということも現実的に考えられるのだろうな、と自分の認識について見直す契機ともなりました。

そういう意味で、異性の観客の意見を是非聞いてみたいな、と強く感じた作品でした。

                         (事務局:秋田光軌)

仏教と社会について語り合う

1月30日(土)は、研修室Bで行われた「ボーズ・ビー・フリースタイル〜青年僧のしゃべり場〜」に参加いたしました。

30名ほどの参加者がご来場され、僧侶を現在されている方、もしくは将来僧侶になられる方と、仏教に関心を持たれている一般の方とが半々ぐらいの割合でしたでしょうか。幅広い世代の方にお集りいただきました。

前半はゲストの池口龍法さん(浄土宗僧侶)に、ご自身が中心になって編集・発行を行われている「フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン」の取り組みについて、お話しいただきました。
フリーマガジンやweb、町家でのトークライブにより、若い世代から仏教について発信し、新しい議論の場を整えていこうと活動されている池口さんですが、そこに至るまでには仏教界の伝統との間で非常な葛藤があった、というお話が印象的でした。
また、檀家制度とは違ったシステムとして、個人がそれぞれの希望に沿ったお坊さんに、ファンクラブのような形で協力できる「サポーターズクラブ」という仕組みを試みているそうです。仏教にアクセスできる選択肢が増える事について、大変興味深くお話を伺いました。

休憩を挟んでの後半は、池口さんと参加者によるディスカッション。
参加者からは、「違う宗派の僧侶たちとコンセンサスは取れるのか?」、「どのような形でNPOと協働していこうと思うか?」等、これからの仏教が社会に関わっていくにあたっての質問が多く、僧侶、NPO、市民それぞれがどのようなことが出来るのか探っていることを、改めて確認できた場であったように思います。
「個人が孤立しがちな時代に、仏教には再び大きな物語として機能してもらいたい」という参加者からの発言がありました。それぞれの立場でこの言葉を引き受けながら、まずは沢山の「小さな物語」を精一杯に形作ることが、「大きな物語」への第一歩ではないか、と感じました。

(事務局:秋田光軌)

月経から考える日常社会のあれやこれや



1月26日(火)は女性の月経について考え、語り、楽しむ「つきいちcafe」に参加いたしました。

世代は20代~70代くらいまでと幅広く、14名の参加者のうち3名(私を含め)の男性参加者もおられました。

まず最初に自己紹介からはじめ、そして月経にまつわる映像作品を鑑賞します。映像は中高生向けに作られた教育ビデオで、ちょうど月経が始まった年頃の女性と人生の大先輩の女性をモデルとした2体の人形がナレーションをし、間に実写の取材映像が挿入されるといった構成でした。

作品を観た後は、皆で意見交換です。
男性の参加者の方から、生理用品の歴史的変遷に驚く声、自らの月経にまつわる体験がざっくばらんに語られつつ、「男女がこういった映像を一緒に見る場を持つ事が重要。男性が女性に対して当たり前のように気遣うシステムが生まれる」や「“慣習としてのお赤飯”に反発を感じた」などいった非常に社会制度的な意見も交わされました。

またこの作品を中高生に観せる上で、どの辺りを改善したらいいかという議論もかわされ、「男性にも取材をした方がいいのでは?」「もっと同世代(10代)の子も出すべき」「こういう我々が喋っているような座談会の様子も映像に入れるべきでは?」など、積極的なアドバイスがどんどん出てくる様子に、参加されていた制作者の方々もとても喜んでいたようです。

月経というテーマを介して、社会に当たり前のように流通している価値観を問い直す、非常に貴重な時間だったと思います。

決して堅苦しくなく、本当にカジュアルに話せる場づくりがされているので、皆さんも是非お気軽に参加してみてください。(W,A)

手仕事しながら語るのはむずかしい。。

1月27日(水)18:30〜20:30まで應典院・気づきの広場で「手仕事は語る~布をまとうからだ、からだをまとう糸~」にお邪魔してきました。もともとコモンズフェスタにそれぞれで出演されている「ITOあそび」と「つきいちcafe」のコラボレーション企画で糸つむぎをしながら、お話を語らいます。

まずは、糸つむぎの説明から。私は個人的に周囲で糸をつむぐところから服を作りたいなあ、とか糸つむぎしたいなあ。という声があったので、何がそんなに魅力的なのかわからなかったのですが、実際触ってみるとすごい。写真とかでみたことある「白いふわふわ」なんですが、あの工程になるまでにかなり変化しているのがおもしろい。


実は、綿は大きな実の中に種を包むように生っていて、実がはじけたときに綿が出てくるそうです。それを摘んでいくと、綿の中に5mmくらいの石ころみたいな種が一つの綿に7.8個隠れています。
これを機械で、ぐるぐるして種と綿を分けます。綿にいろんな色があるのは品種改良で種の中にそういう成分をいれていることが多いそうなんですが、綿の部分だけ色をつけるってどういう技なのだろうかと、謎は深まるばかり。お話を聞いていると、和製の綿と海外の綿のやわらかさの違いや、色み、特製も全然違います。

次に、弓でパンパンはじくと綿が均等にふわふわさせてダマをなくします。この工程は男性が大きな弓で一気にしたりして、力仕事になるそうです。そしてようやく糸つむぎ機にかけます。



そのあとスピンドルというガンジーも昔やってた?大きな機械を使わない手のひらサイズの道具を使って糸をつむぎます。これはほとんどが手の感覚なので、とても細い糸にもできるし、また技術もとても必要そう。
今回は大石さんの提案で身の周りにある画材を使ってスピンドルをつくり、糸をつむいでいきます。
始めは順調だったのですが、お話をしていくにつれてどんどん手が疎かになる。手元を集中すると話が出来なくなると、そううまくはいかないみたい。職人の手によって出来た糸で、つくられた衣類はさぞかし気持ちがいいに決まってる。愛着もたくさん湧くだろうなあ。


また、もっとも興味深かったのは、小野さんの活動している布ナプキンも、大石さんの糸つむぎも、どちらも衣食住の「衣」に深く関わるもので、大石さんは「糸つむぎを通して、今きている衣類がどのように作られているか想像するきっかけになれば」とおっしゃられていました。これだけ手間がかかるものなのに100円でタオルが買えるということは、大量生産で綿が作られて、もしくは違う成分も入ってるという想像はある程度できますよね。また、紙ナプキンから布ナプキンにすると体調や精神が心地よくなったりするお話も、いわゆるエコだけに関わらず、自分のカラダのためにもそういった想像をすることが重要なのかもしれない、と感じました。

昔は病気を直すのは、3つのランクがあって、まずは服から変えること、その次はうーん、忘れてしまった。最後に薬が来るそうです。今はまっさきに薬ですよね。服から治せることって、布ナプキンも綿もなんだか納得。今度みかけたら買ってみようと思います。


(事務局:蛇谷りえ)

ミニ☆シティ24日の動き

1月24日(日)、ミニ☆シティ2日目です。

まず大人ボランティアの人たちとの前日の振り返りからはじまり、子どもたちの各店舗の修繕をして、いよいよスタートします。

店舗は花屋、塗装屋、プラネタリウム、ライブステージといった一般的(!? とはいえかなり独創的でしたが)なものから、ダイビングサービスも兼ねた釣りぼり屋(ミニ川が舞台!)から、たこやきランド、野球のルールでボーリングができる広場、相談屋、絵本の読み聞かせ屋までなかなか大人の社会では発想できないような様々なお商売が展開されました。

子どもたちは働いてはスマイル銀行でスマイルをもらい、お互いの店をはしごします。市長はスマイルを発行する権限を持っており、また市民のありとあらゆる相談にこまめに愚直なまでに対応していくなかなかのジェネラリストっぷり(笑)を発揮されてました。大人の方の街見学への対応など大忙しの市長でしたね。

街の仕組みとしては、市民が街で働き、市長がうなずき、銀行がお金を出し、市民が遊び、お金なくなればまた働き…といったサイクルだったのですが、できれば子どもたちの独創性をこのシステムの部分に活かすことができればもっと素晴らしい場になっただろうと思いました。医療はどうする?治安は?教育は?市長以外に政治を動かす人は?などなど。お商売以外の仕事の在り方や、かならずしもお金はなくとも楽しめる過ごし方や、また時間の流れ(歳をとるとか季節が変わるとか)があっても面白いだろうなぁと思いました。そこには絶妙な大人のアシストが必要になってくるかもしれませんね。

とは言え、事前にミーティングに参加してきた子ども達と、当日参加した子ども達が分け隔てなく交わり、また大人も同様に“大人としての立場”ではなく子どもたちとクリエイティブに楽しんでいたことは間違いなく、非常に気持ちのいい場でした。

また一方、應典院がこういった形で活用されたことも、地域に開かれたお寺としての可能性がより一層増した証拠だと思います。

関わってくださった皆さん、そしてディレクターの二葉さん蛇谷さん、本当にお疲れさまでした!(W.A)

『体感映画』をススメられて…………

23日の19:00 から行われた「体感映画」のススメ。昼からの準備も滞りなく進み、初めて司会をする秋田光軌さんの表情は少し緊張気味でした。
 18名の参加者の中、秋田光軌さんの開会の挨拶から始まり、平岡監督の「プリミ恥部な世界」の予告を上映しました。めまぐるしく変わる場面、独特の音楽が5分と言う短い時間ですが、應典院研修室Aが平岡監督の世界とかわりました。そして、光軌さんと平岡さんのトークセッションでは、平岡監督の自宅に、ネズミが出ると言う話題から始まり、日常から映画を作るヒントを探している。と言う所まで話が広がりました。様々な場所に出たり、想像すると言う事の延長から映画を作成するに至ると平岡監督は話されていました。
「趣味は、ロケハン、スカウト」と話題は変わり、雰囲気を持っている場所を探したり、「声をかけたい」と思ったらすぐに声をかけると言う平岡監督は非常にアグレッシブに物事を創造し、行動する方だと、思いました。
「様々な人間の感性を引き受けながら…」と話されていた平岡監督の2本目の上映は「落書き色町」は、娼婦を題材とした映画でした。十人十色の作品であると個人的な感想を持ちました。その時の状況、体調を含めた感性で、作品の感想が変わるのだろうと思いました。(今後、ご覧になる方の為、感想は控えておきます。)
 落書き色町を観ていて「体感映画」と感じたのは、視覚・聴覚・鳥肌が立つ瞬間の触覚、プラス嗅覚でした。娼婦の化粧・香水の香りや、木造建築の匂い、地域の持つ匂い、時間が流れると場所の匂いも変わる。頭で考えて嗅覚が働いたのではなく、感覚から嗅覚に働きかけて来た映画でありました。

應典院寺町倶楽部ではコミュニティシネマシリーズを上映しておりますが、また違った映画の味わい方を知れた企画でした。

事務局:森山博仁

ミニ☆シティ23日までの動き

ミニ☆シティ〜主役は子ども、頑張る大人〜

23日24日と行われたミニ☆シティは、本堂で行われました。企画段階から蛇谷りえの表現力をどこまで具現化出来るのか、正直、未知数の所が多大にありました。子どもたちと二葉さんと蛇谷さんで打ち合せして、決まったものを私と蛇谷さんで打ち合せすると言う二段構えで進めて行きました。



 前日の22日に段ボールで家を作ったり、看板や山、様々なものを創り、後は子どもたちの自由な発想で色ぬりや、飾り付けをして貰うために準備をし、ディレクション業務を蛇谷さんが、現場業務を私が引き受け、23日に備えるのでした。
 23日の朝から、子どもたちが元気いっぱいに應典院に来ました。「うわぁ〜広い!!」と本堂に入った子どもたちが順番に同じ事を言っていました。レクレーションの間、本堂では、子どもたちが安全に遊べるのか、怪我しそうな所はないか、最終チェックを行い、心地よく遊べる場作りに努めていました。
ミニ☆シティは、子どもが主役で街づくりを遊びながら勉強すると言うものでした。最初はお金(単位はスマイル)がないので、子どもたちは、色塗りをしたり、折り紙で飾り付けをしたり、仕事をし、スマイルを稼ぐのでした。10分1スマイルで、午前中は、お金を稼ぐ事を目的として動いているのですが、笑顔が絶えない場所となりました。
 午後からは本格的に、商売を始めたり、起業する子どもたちも出て来ました。お菓子屋さんが出来たり、大学生の大人スタッフたちが色塗りを面倒みていたのが、いつの間にか塗装屋さんとなり、お金が流通していました。市長を決める市長選もあり、立候補をし、皆の前で演説をし、投票して貰い、市長誕生となる。市長の仕事は、大人(見学者)の街案内や、治安を護る為に見回りをしていました。
さて、最後に次の市長を決めて1日目のミニ☆シティは終了でした。翌日24日、ミニ☆シティはどう街が動いていくのでしょうか?24日のレポートは朝田亘氏です!!

事務局:森山博仁

4回目のエクソダス

エクソダス〜18日19:00の回〜

 4回目のエクソダスは18日19:00からでした。エクソダス初参加の私は、内容を知らされていない為、ドキドキ感が止まりませんでした。しかも今回は、アメリカ村でエクソダス。「アメリカ村」「19:00夜」さて、何が起きてもおかしくないと言う状況にさらにドキドキ感は増していくのでした。
 参加人数は全員で5人と言うこともあり、5人で出来るエクソダスを考えながらアメリカ村を歩き回る。最初に発見したのは、アメリカ村ならではの怪しい店。取りあえず入店してみる。店内は、かなり怪しいお店でした。雑居ビルを見つけると、取りあえず、入ってみる。ベンチがあり、寝てみました。1人目の警備員は、通り過ぎて行きましたが、二人目の警備員には注意されました。気を取り直して、裏路地を通り抜け、様々なアメリカ村のディープゾーンを散策した。

最後に「三角公園にピザは届くのか?」と言う疑問を解決するために、ピザを携帯電話からではなく、タウンページで近くのピザ屋を調べて公衆電話から注文する。そして、三角公園と言わずに、三角公園の住所を伝える。さてさて、ピザは届くのだろうか?
 ピザを待つ間に三角公園でまた新たな発見が!!それは、三角公園の真ん中、地面に方角が記されている場所に座り、南西を向く。そして、声や音を出すと、段差で音が跳ね返り、マイクを使わずとも、大きな音となり返ってきました。
 30分程、音の跳ね返りポイントを探る。探っていると、ピザ屋のバイクが近づいて来ました。「こういう所に配達は初めてですか?」と言う花村さんの問いに、「僕は、初めてですね。」と少し笑いながら、配達のお兄さんは答えていました。ピザを皆でおいしく頂き、エクソダス4回目は、終了を迎えました。
 冬の平日夜の三角公園は人も少なかったので、少し残念な気がしました。

事務局:森山博仁

エクソダスる

1月22日、ここ数日の暖かさとは打って変わった
雪でも降りそうに寒い気候の中、エクソダス敢行。
トランスパブリックの一環で行動展示プログラムとして
行われているこのプログラム、今回は5回目。
今まで天王寺をジャックしたり、大阪城のラジオ体操に
スーツで参加したりしている。

要は街の中で何か集団でパフォーマンスをして
それに街やら人やらを巻き込んじゃえ!という企画。

早速、花村周寛さん先導のもと私も集団の一員として
なんばへと向かう。向かうといってもただ移動はしない。
それもパフォーマンスの一貫なので
この通り



一列で。
信号もこれで並んでいたら後ろにつこうとした方もいたり。

その後ビッグカメラの中を一列で練り歩き、
古書店の店先を集団で覗き込み、
ゲームセンターで1台に12人で群がったり、
一人が道行く人に「写真を撮ってもらえませんか」と声を
かけてOKがでたら「集合!」の掛け声とともに12人が
そこかしこからわらわらと出てきて集合写真撮影になったり・・・

なかでも面白かったのが
「なんでもない物を集団で写真を撮ってみる」というもの。

例えばただのシャッターにかかれたクジラを
みんなで囲んで携帯で撮影してみる。



初めは参加メンバーだけだったのがあっという間に



人だかり。
いつもなら通り過ぎてしまう風景が一変した瞬間。

このあとも戎橋で一人が手をあげて立っているところに
通り過ぎざまにハイタッチをしたりと、言うなれば、
一人ではできないことを集団の力を使って
街に新しい「ルール」と「使い方」を実践的に持ち込む。
といったところ。

すれ違う人の奇異なものをみるような目も
一人では耐えられないがこうして集団でいると
逆に楽しく感じる。
私もすっかりエクソダスに嵌ってしまったのかもしれない。

そのエクソダスも次回が最終回。
ぜひ多くの人で「新しい都市の使い方」を生み出して欲しい。

1月30日(土)10:00~

應典院ロビーに「遊び心」を持って集合してください。



                        (T.K)

ことだま

ひとつまたひとつと発見して
そっと開いてみる。

トランスパブリックの中で作られた
公園空間のなかにその手紙たちはいる。

たとえば













ブランコのたもとに


たとえば













自転車の荷台に

ほかにもさまざまなところに
詩人・上田假奈代さんと美術家・岩淵拓郎さんの手によって
手紙はちりばめられている。
それは実際に探して戴くとして・・・
この手紙は「震災15年の手紙」である。

あの日の記憶
あの日からの記憶
が手紙には綴られている。

なにかに突き動かされたかのように書きなぐられた手紙
そこに思いを込めるかのように一文字一文字整然と書かれた手紙
静かな思いが伝わってくるようなパソコンで打たれた手紙

どの手紙にもあの日がある。
それぞれがそれぞれの場所でそれぞれの思いで経験した
あの震災。

15年経った今
決して震災の記憶としては生々しくはないその手紙が
逆にリアルに過ぎた年月を感じさせて生々しい。


私もあの日、
地震で飛び起きた。
大阪の山近くの
一人暮らしの部屋で
まだ固定電話しかなかった
その電話を握って友達と連絡を取り合った。
あの日を境に
何人かの友人が大学からいなくなった。
あの友人たちは今どうしているんだろう。


31日には寄せられた手紙を
供養と請願の意味を込めて浄焚する。
15年前の記憶や想いとともに
手を合わせてみようと思う。


                  (T.K)
















































ヒビク・コトバ



100近い言葉が壁に飾られている。
20歳前後の、U25の若者たちが書いた
「じぶんの生きかたに響くことば」。

言葉の始まりの、アルファベット順に並べられたことば達。
流行りの歌の歌詞だったり父・母・先生からのことばだったり。
若者らしく、自分の経験値からのことばというよりは
経験の中で出会ったり与えられたりした自分の行く先、
行きたい先を指し示すようなことばが多いのが印象的だ。

本企画をしていただいた川中大輔さんに話を伺うと
やはりすぐには書けない人が多く、1~2週間おいて
収集したものが多いという。
確かに、私だったらすぐに思いつくかと考えてみる。
なんとなく思いつくもU35という年齢のせいなのか
そのことばが逆に薄っぺらく感じてしまって
これといったことばが見つからない。

そんな私に響いたことばがこれ。



いちばんストンと胸に落ちてきたことば。
今、私の中で一番実感をともなっているというのは明らかで
このことばから今の自分が見えてきた。

川中さんに伺うとこのあと18時からのワークショップ形式の
第二部では、このことばのなかから5つほど選び、
なぜそれを選んだのかについて語るワークがなされるという。
「今の自分を表わす」ことばなのか
「そこに自分が行きたい」と思うことばなのか。

きっとそこからは響くというよりは響かせたい言葉が
生まれる気がしてならない。
とても興味があるも本日は参加が叶わず
心より残念な気持ちになる。

その気になる第二部は本日18時から。
まだ間に合います。
新しい生きかたにひびくことばに出会いに来てください。




                     (T.K)

トランスするお寺

通いなれた應典院に足を踏み入れる。

とそこに広がる空間は通常のそれとは似ても似つかない。
まったく別の場所へとトランスしている。

それがコモンズフェスタ期間限定の花村周寛さんによる
空間プロデュース企画「トランスパブリック」。

ロビーは標識が垂れ下がり
安全第一の金網で仕切られている。















金網の中には様々な椅子たちが。
これはこのためにご提供戴いたプライベートチェアで
実際に「誰か」の「何処か」で使われている椅子たちだという。
そして机上に置かれた椅子履歴書には
その椅子が「何処か」に来た経緯から
所有者の思いまでが書かれている。















その履歴書を読みながらそれぞれの椅子に身を沈めてみると
なんだかそのお宅にお邪魔しているようなこそばゆい感じになる。
プライベートな空間がパブリックに突如出現した
違和感でありながら新しい空間と感覚を肌と心で感じる。

そしてたくさんの標識に誘われるように2階へと進むと















眼前に現れる公園。
敷き詰められた芝生にブランコ。
そしてブランコからはガラス張りの窓の向こうのお墓が見える。
ブランコに腰かけて眺めていると
体から幼少期の記憶が蘇り
頭からはこの先の自分への思考が流れ出す。
これもまた混在と混沌とした空間。


思いを巡らせながらふと気付く。
公園空間のあちこちに手紙が置かれている。
手に取ってみると・・・・・・
それはまた別のレポートで。


いつもの應典院では
いつもの日常では
なかなか出会えない
プライベートとパブリックが倒錯した空間。
そこで過ごすと日常ではあまりお目にかからない
感情がわいて来る・・・かもしれません。

ぜひ体感して実感してください。




                     (T.K)

寺子屋トーク終了! 社会編集者たちのいとなみについて

1月17日(日)は應典院の恒例シンポジウム「寺子屋トーク」の第57回目が開催されました。タイトルは今回のコモンズフェスタのタイトルと連動するもので、「+socialの編集者たちが語る 思いをつなぐしくみ・地域に根ざすしかけ」です。阪神・淡路大震災からちょうど15年が経つこの日に、日本で注目を集めている4人の「震災世代」の若手社会活動家を招いた本シンポジウムでした。




一部は、チャリティプラットフォーム理事長の佐藤大吾さんと、公益財団法人京都地域創造基金理事長の深尾昌峰さんの対談。テーマは「いかにして日本に寄付文化を創造するか 〜お金の流れと志のつながり〜」。とりわけ深尾さんの「“NPO”というイメージに回収されない、もっと自由な活動を」「NPOが行政の下請けになるのではなく、市民社会全体でNPOを支えて行く仕組みをつくるべき」、そして佐藤さんの「NPO活動である程度の生計を立ててゆける様になるために、とにかくNPOの成功事例を作らないといけない。」「NPOのお金を出す具体的な仕組みをつくるべき」といったご発言が非常に印象深く感じました。そういった問題意識の下で、「寄付をする」という行為が、社会参加の上でのひとつのメニューとして定着するための方策について、熱く語られました。


二部は、震災当時、神戸大学国際文化学部の避難所にて共に震災ボランティアをしていた石川県七尾市役所のまちづくりコーディネーター 谷内博史さんと兵庫県会議員(無所属・市民派)のいなむら和美さんの対談。当時の体験を振りかえりつつ、現在各々が関っている地域コミュニティでの取り組みを見つめ直す場となりました。とりわけいなむらさんの震災ボランティア体験の話が非常に生々しく印象づけられました。外部からボランティアにきている人たちと、救護されている現地の人たちとの間にある超え難い壁。しかしその壁の存在を受け入れつつも「わたしとあなたの問題と区切ってしまうわずに、“わたしたち”の問題と捉えなおす視点が重要」といったご発言からは、様々なコミュニティの課題に関わる我々應典院スタッフにとっても、非常に示唆に富んでいました。また谷内さんの能登半島地震(2007年)におけるボランティア受け入れ経験から感じた「新たな都市と農村の交流」のお話は、震災ボランティアの在り方がこの15年の間に変化してきている(もちろん地域や震災の規模の差はありますが)ことを如実に現していたと思います。

最後の三部では、ゲスト全員と会場参加者を交えてのトークセッションが展開されました。会場からは「震災から15年で社会はどう変わったか」また、二部のいなむらさんのご発言を受けて「あなたとわたしの間に横たわる(問題)意識の共有」といった内容に関する質疑応答が交わされました。

全ての部に共通するエピソードとして大変興味深かったのが、ゲストの多くが、そしてゲストと同じく当時震災ボランティアを経験した人たちが「あの日は夜中必死に試験勉強をしていた」とおっしゃっていたことです。皆各々が新たな学業へと向かってゆく、また今まさに社会に出て行くタイミングを直前に控えていた人たちだったー そんな最中に震災が起こった事実。そしてちょうどその時に情報発信ツールとしてのインターネットが普及し始めたこと。こういった時代の共有感覚が、まさに「社会をリ・デザインする編集者たち」の活動の根本に流れている原体験なのだと、改めて考えさせられました(W,A)
(↓↓写真は空間展示「トランスパブリック」の中での交流会の様子↓↓)

editing body around the sounds、終了。


1月16日は、サウンドアーティストの中川裕貴さんによる「editing body around the sounds」が朝10時から夜21時まで気づきの広場で行われました。
中川さんは、普段はライブハウスなどで活動されているとの事で、今回の應典院のロビーのような所でのパフォーマンスは初めてだと伺いました。

囲われた空間で、観衆が聞くという行為に集中する事が当たり前の場所ではなく、窓から外の景色が見える開放感のある場所という事で、「縛り付けて聞き入らせるのではなく、たまたま通りすがりに音が耳に入ってくる。展示を見ているついでに音を聞いている。そんな自由な空間を作ってみたい。音で空間を表現してみたい。」と話して下さいました。
公園のように芝生をひいた空間の中、チェロの音が響きます。

2階の広場だけでなく、1階にもスピーカーを置いて、應典院全体に音が広がっていました。

弦を不規則に弾く音とマイクを通して外界から取り入れた音が混ざり合い、時に無理やりにハウリングを起こし、音楽ではない単音の続く空間。

普段、音を曲や単なる物音として感じている耳には、はじめとても不可思議な空間に紛れ込んだかの様な印象を受けました。

また、長時間のパフォーマンスで、飽きる事があるのでは、とも思っていましたが、時間が経つにつれて、パフォーマンスをしている中川さんの存在や紡ぎ出される音は、最後には公園に溶け込んで、時間と共に移り変わる景色に時々気づいて眺めては、ふとした発見に嬉しくなる。そんな思いもかけないプレゼントをたくさん貰えた感じがして、1日を應典院で過ごして得をした気持ちになりました。
中川さんにとっても実験的な試みだったそうですが、時にロビーの照明を消し、暗がりの公園の中、メトロノームの音だけが鳴り、手元のライトでそのメトロノームを照らし出すなど、音が空間自体を構築する様子は、何気なく耳に入ってきていた音が持つ別の可能性を気づかせてくれました。

(桝田聖美)

1月7日、西村佳哲さんで、コモンズの幕が開く。

 1/7、コモンズフェスタ2009/2010のプレトーク、無事終了いたしました。参加者は39名。本来は30名のところ、遠くは岡山からお見えになった方や、キャンセル待ちで当日お越しいただいた方まど、熱心な方々の姿勢には、主催者冥利につきる、と感じてしまいました。感謝いたします。



 その内容については、應典院のTwitterアカウントでは初となる「中継」をさせていただきました。既に、應典院寺町倶楽部事務局長(山口)は、11月7日の全国アートNPOフォーラムの第3分科会(#anf09c)や11月アートNPOミックス(#artnpomix)にて、手探りながら感触を得ていました。そこで、今回はコモンズフェスタ全体に対して #commonsfestaというハッシュタグ(なるもの)をつくり、実況中継をさせていただきました。ハッシュタグについて説明すると長くなってしまうのですが、さしずめ「Twitter」の世界で、同じ事柄についてつぶやきあう上での共通キーワードと捉えていただければ、と思います。
 ともあれ、西村佳哲さんのお話と、参加者の皆さんとの対話を中継をさせていただいて改めて感じたのは、「間」の大切さ、です。とりわけ應典院は活字をはじめ、文字で物事を表現することに慣れてきているのですが、そうして感情よりも思考が優先されてしまえば、どこかで、その場を取り繕う類の発言を繰り返してしまうことがあります。当初はそれが嘘ではありませんが、一度言ったことと現実とが微妙に異なるとき、それをつぶやいたことを現実化しなければならないというプレッシャーに責めさいなまれることになります。こうした、人、もの、こと、それらとの向き合い方について、西村さんのお人柄を「中継」をさせていただくレポーターの立場から、深く感じ入っていた次第です。
 1/7の「プレ」トークをもって、いよいよ今年度のコモンズフェスタが開催の運びとなります。初日である16日も、かなり多くの催しが盛り込まれておりますが、17日には私が企画をいたしました寺子屋トーク第57回「+socialの編集者たちが語る・思いをつなぐしくみ・地域に根ざすしかけ」 が開催されます。どうぞ幅広い方々のご関心、ご参加をお待ちしております。また、本日の模様は、依頼をさせていただいた「モニターレポーター」の方々のコメントとして、コモンズフェスタ特設ブログにおいて、それぞれの形で報告させて頂く予定です。



(上記は、應典院のブログへの投稿文章を一部加筆修正して掲載させていただきました)